思い出の写真集

某製紙会社、入社当時の友人
既に故人の方もおい出る、
懐かしいダルマストーブ(石炭を燃料)を
囲んでのひと時。
職場全員での慰安旅行、              
当時は山中温泉が賑わっていたこの写真は?           
京都近郊の社有林(高雄・鳴滝・清滝)調査に出むく(大阪在住時代)
京都市内の竹林亭(ふぐ料理が思い出される)
奈良県五條市出先時代。
社有林の見廻り及び立木調査、買付け、
伐出事業進捗状況で出掛けるといえば、
公共の乗り物で時間を費やしておりましたが。
新車のジープが配車された事により便利になる
この時はまだ免許証なし(昭和36年に取得)
奈良県五条市時代の上司二人とも故人、
左が小生、若いですね・・・
関西出先機関全員揃っての慰安旅行
(三重県鳥羽、後ろに見えるのは二見が浦)
和歌山県竜神村地内での関西出先合同による山林立木買付けのための毎木調査。
奈良県野迫川村地内で写す、
二人は故人冥福をお祈りします。
真ん中が小生、
先輩をさておいて真ん中失礼・・・
山林の毎木調査に応援をして頂いた女性たち、
夕食はこの家の軒下に四足を縛り吊るしてあった
イノシシの肉で、牡丹鍋、姿が思い出させる?
(奈良県野迫川村にて)
右の方は奈良県天川村坪ノ内で製材業を経営する社長さん兼当社の伐出事業の請負業者、
自宅を宿代わりに利用をし大変お世話になった。
右から二番目、現在東京都国分寺市在住
たまに東京に行った時に杯を交わす既に70代。
左の方は群馬県前橋市在住だったが故人、
浪曲では国定忠治を良く聞き楽しませてくれた。
また魚釣りも得意。
伐出された、パルプ原木の盤台(中継場)
これより、トラックにより近鉄吉野線の下市口駅構内まで搬入する。
トラックの運転手は、帰り道、家族、私たちの夕食の仕入れも兼用。
左が当時の大阪所長さん囲碁の先生でもある右が小生。

sub3